アンコール・ワットについて

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アンコール・ワットは、9世紀に即位したヤショーバルマン1世が建築を始めた大環濠都城の建設が約550年間にわたって続けられるなか、12世紀にスールヤバルマン2世によって建立された石造大寺院です。アンコール・ワットとは、「寺院都市」を意味しますが、本来これはスールヤバルマン2世の廟墓だったといわれます。

寺院は、周りを取り囲む濠と参道、3つの回廊、および中心の5基の塔から成ります。外周を取り囲む濠は壮大で、東西1.4キロメートル、南北1.3キロメートルにおよびます。その壮大さに酔いしれながら、ゆっくりと自分の足で歩いてみるといいかもしれませんね。そのスケールの大きさを実感することでしょう。

アンコール・ワットには、古代インドの影響と土着の文化がその基盤をなしているといわれます。スールヤバルマン2世は、この寺院により王権の神格化を図る共に、クメール(カンボジア)独自の宇宙観を表現しようとしたのです。

もともとアンコール・ワットは、当時のクメール人の信仰に基づいて建てられた寺院だったのです。ところがその後、タイ(シャム)のアユタヤ朝の侵入を受け、タイの影響から上座部仏教化し、仏像が安置されるなど仏教寺院としての体裁を整え、今日に至ったのです。

5基の塔は、高さ60メートルの中央塔の周りに4基の塔を配置し、祠堂となっています。これは世界の中心のメール山を象徴します。そして周壁は、雄大な連邦を、環濠は深く、無限な大洋を意味していたといいます。寺院の最上階にある中心塔は、ヴィシュヌ神が降臨する場です。そしてここで王と合体するといわれていました。


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